最近、周りでヒトが死ぬことが多かったので、書いておきます。
自分の母親の意識がなくなり、臨終の床についた数年前、自分はどうしてもその姿を見ることができなかった。
先に「病院に来なくていい」と、言い出したのは父親だった。
母親の『とても普通でない姿』を、私に見せて、ただでさえキレ気味だった当時の私を、さらに動揺させるのはかわいそうだと思ったんだろう。
父親と私は子供の時からとてもうまくいっているとは言えなかったが、父親のこの一言は、過去の全てを清算してもいいと思うほど、ありがたかった。
ところが私が、病室に顔を出さないことを、許さなかった人たちがいた……親戚たちだ。
なぜか彼女たちは、母親がいよいよ死ぬと分かったら、病室にわらわらと集まり出し、そして口々に、私と父親を責め出した。
母親の10年もの闘病生活の間、一度も手を貸さなかった人たちが、突然やってきて、それまで必死で母親を支えた家族に、「薄情だ」と言う(特にその筆頭に立っていた人が、影で母親に毛嫌いされていたというのは、笑わせる)。
難病を受け入れる病院を探しまわり、体の自由がきかなくなった母親を通院させ、時に理不尽な八つ当たりをされ、それでも深夜の電話に怯え続けた10年。
そのたった1分でさえ、担わなかった人たちの口撃には、ただの一言も反論する気がおきないほど呆れ果てた(とは言っても、実家に居座り、帰宅した私に、犬にやるように片手で『あっち行け』のジェスチャーをされた時はさすがにこたえたが……)。
突然の死ではない場合、大抵の遺族の心情はあまりに複雑で、大げさに泣くこともできない。
こんなことがあって、死ぬ直前になって(もしくは死んでから)ギャーギャーと騒ぎ立てるような人は、むしろその故人とちゃんと接していなかったのでは、と疑うようになった。
失った時に(なるべく)後悔しないようにするには、生きている間に大事な人と精一杯関わっていくことしかない。
それが例え他人から見たら、いびつで理解しにくい形だったとしても、自分なりに貫くしかないのだと思う。
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NAOMIEさん
読んでいて涙が出てきました。
私は兄が亡くなった時も母が亡くなった時にも泣けなくて、自分はおかしいのかと思っていました。ふとした瞬間に兄や母の顔が浮かんでいきなり涙が出てとまどいました。
何が言いたいのか整理できていないけど、共感したことをお伝えしたくてコメントしました。
三重子さん
コメントありがとうございます。ごぶさたしていますが、ブログ読んでくださって、感謝です