「どの船長だって魚が釣れない時は、客に顔も合わせられない。客が釣りをしている後ろをとおって、トイレにも行けなくなるから、血尿が出そうなんだぞ」
釣りものが変わるのを見極めるのは、本当に難しい。
対象魚の活性が落ちたとか、もう深みに移動したとか、判断し終了を告げれば、次の日、粘り強い他船でドカン! 見切りをつけたこっちの船は、赤っ恥……、そんなこともしょっちゅうだ。
一俊丸の船長4人のうち、釣果が落ち始めると真っ先に根を上げるのは、親方の一俊船長で、3日も本命の顔を見れないと、
「もうダメだ。もう終わりだ……」と、まるで相模湾内の魚が全滅したかのように、大げさに嘆く。
そして決まって、「血尿うんぬん」のグチグチが始まるのだ。
そんな時のダンナを「目先が細かすぎる」と、ナナメに見たりもするのだが、この私だって、どうしたって釣りたい時、異常に激しく大漁を望む時がある。
それは、自分が企画幹事した船。
2月17日の『上野ひとみちゃんのアマダイ釣り&料理教室』は、想像以上に食い渋った。特に右舷は開始3時間を過ぎるころには、エサも取られない状況に。
前日、田中船長と「20センチの小型ならたとえ10尾釣っても楽しくない。数よりは型が出るポイントに行こう」と、ミーティングしたとおりではある。釣れれば30センチクラスの良型がほとんどで、超小型はまず上がってこない。
数より型をチョイスしたのだから、アマダイの数が出ない、そこまでは覚悟の上。しかしいつも船上を賑わせる、アカボラ、オニカサゴのアタリが遠いのは、全くの想定外。
特にアカボラは、アマダイ釣りの第2本命ともいえる魚。天ぷらにしてよし、良型なら刺身でだっていける。しかし今日はアマダイよりも掛かりが悪い。アタリが遠ければ、釣り飽きてしまう。
船の中にはテンヤ道具や、様々な特エサを持ち込み、ヤル気まんまんの人もいた。しかしその気合いも、時間を追うごとにため息とともに吐き出されていく。道具は普通のテンビン道具に、手持ちだった竿はキーパーに掛けっぱなしに……。
頻繁に誘わないと食ってこないのがアマダイで、置き竿にしたらますますアタリは遠くなる、みんなそんなことは分かっていても、船中を漂うのは諦めムード。動きは時々リールのハンドルを回しては、底ダチをとる程度。
そんなどんよりとした状況なら、朝から船上をこまめにまわって、釣りのレクチャーをしている、ひとみちゃんだってやりにくいだろう。
私は元々太い性格なので、どんな修羅場でも血尿なんて出たためしがない。それでも自分が全責任をとっている船でのこの貧果、さすがに気が滅入ってくる。自分で竿を振りつつも、『頼む、誰かにアタってくれ!』と頭の中はそれ一点。願いに集中している。
そんな時、田中船長が操舵席から叫ぶ、
「左舷でまた釣れたよ!」
『よっしゃ!』心の中でガッツポーズしつつも、慌ててカメラを抱えて行ってみると、門脇さんの竿が曲がっている。
この門脇さん、ミシマオコゼの後に、アマダイを連発したばかり。まもなく海面に腹を横にし全姿を見せたアマダイが、これで3尾目の釣果となった。
「イエ~イ!」と、無邪気な笑顔でアマダイを引き上げると、船中の独走態勢から、さらにまた一歩前に出た。
周囲からは、羨望の声があがる。
「いい型だね!」
間違いなくこの日、門脇さんの釣りは、船中の希望の光。うすら寒い船上でそこだけ、ぽっと灯った暖かい火だ。この釣果に、周囲のテンションも上昇し、みんなまた竿を持ち出したのだから。
しかし不思議なのは、門脇さん、これがアマダイ釣りわずか2回目ということ。アマダイ釣りは、実はテクニカルな釣り。シンプルな道具立てで狙う分、誘いの細かさが勝利のポイントとなる。フロックで竿頭をとれるタイプの釣りではないのだ。
もちろん座席で有利、不利はあるだろう。だけどその日の門脇さんの席は、左舷胴の間、ド真ん中。
そこで後ろでジ~ッと、しばらく門脇さんの釣りを観察してみた。それでも特に人と変わったことをしている様子はない。
ありきたりのテンビン道具に、仕掛けは2本バリ。エサは船宿で支給されたものだ。
「ねえねえ、なんか特別なことしているの?」との私が本人に直接聞いても、
「いやー。普通だよ」と、好釣果に自分でも首をかしげるばかり。
それでも、また見ているそばから門脇さんの竿にクッ、クッと魚信が! 軽く合わせを入れると、しなった竿が鋭角に3段階で突っ込み、ギャラリーに本命ということを伝える。しかも姿を見せたのは、今までよりまた一回り大きい型!
うーむ、うーむ。この1人勝ち、一体どう解釈したらいいものか? 頭を捻ったその時、門脇さんが、絶叫!
「分かった~っ!」
旬まっただ中の彼の雄叫びに、船中一斉に注意が注がれる。
「ナオミさん、自分にだけアタる訳が分かったよ! エサ、エサだ!」
それはツリオヤジのバッカンの隅によく転がっているもの。ダイエットに納豆三食(古っ)、コラーゲン配合クリームで若返り(古、古っ)と、私の中では同レベル。
普段はこの手のものは、『眉唾物』と切り捨てる自分だが、その時の心境はまさに、『溺れるものは藁をも掴む』。
そういえば一週間前から、赤いケミホタルを仕掛けに付けている人がよく釣っていたっけ。もしかしたら、光ものがいいのか……?
門脇さんはすでに「これ、効くから使ってみてよ」と、周囲に配り始めている。
そのエサに変えた途端に、豊田さんの竿が突然ヒットすれば、一気に脳内変換。これはもう確実でしょう!
「ああ、それならオレも持っているよ」のもっちの声を聞き逃さず、バッカンからそそくさと奪う。
自分のエサ箱に早速流し込むと、オキアミブロックの中からきれいに整ったエサを1尾1尾、丁寧に取り出し、全身をくまなく液に浸していく。
エサの腹の部分が、心なしかぼんやりと紫色に変色し始めると、なんだかそれだけで勝った気。まともな神経で見たら、かなりマズソーなエサだが、その時の私にとっては、まさに救世主。朝から仕掛けに泥が付いて返ってきたのを思い出し、やはり下潮が濁っているから、この輝きが効くに違いない、と都合のいいほう、いいほうへと解釈。
門脇さんに続き圧勝を狙う私はすでに、幹事というより、イチ釣り師。
さっきまで、船中で盛り上がりがないと辛い、と嘆いていた気持ちが、この特エサで自分だけ釣ってやれ、に変化している。
私の紫外線を触る慎重な手つきに、周囲から、「ちょっと分けて」の声が上がっても、耳を貸さない。
たっぷり紫外線液に漬け込んだエサを、いよいよ投入。
一俊丸発で紫外線が流行り、大量に売ったら、私が紫外線のイメージキャラクタに選ばれるかもしれない! と妄想一直線。竿を握りながら、顔はニマニマ。
その時コッツっという小さいアタリが! 正体はトラギスだったのだけど、それでもアタリが出た分、きっと効果がある、とまだまだ強気。アピール度倍にしたれ、とエサを2つ掛けして、再投入。
門脇さんが4尾で数を止めたというのに、まだまだいけると信じきっていた。
1時間後、竿先にまったく変化が出ない中、まだまだ背中から殺気をぶんぶん漂わせている私に、とうとう紫外線液の持ち主もっちが、気の毒そうに言ってきた。
「あのさー、ナオミさん。その紫外線エサ、オレも朝から使っていたんだけど……」
「え?」
「門脇さんはともかく、オレにはまったくアタリないから」
「それじゃあ、これって、もしかして……?」
「そう……」と、もっち。
「気休めだね」
……ガクッ……。
気がつけば、私が紫外線エサにこだわっているうちに、他のみんな誘いに工夫をこらし着実にアマダイをゲットしていた。ボウズは私を含み、船中わずか数名のみ……。
結局その日5尾でトップを決めたのは、微妙なテクで始終竿を動かし、有効な誘いを導きだした、常勝、富田さん。
まさかと思いつつも、
「あの……、な、なんか変わったことなんてしていませんよね?」の私の問いに、富田さんは黙って右の拳を突き上げる。
その仕草は私に、腕の勝利ということをまざまざと見せつけた……。
釣りの腕は一日にして、磨かれず。奇をてらった作戦は必ず撃沈する。そう分かっていても、ついついおいしそうな情報に左右されてしまう、なんて、あさはかな私……。
釣果もそれなりに揚がったし、がまかつ、サンライン提供のジャンケン大会は盛り上がったし、なによりひとみちゃんの料理教室はためになった。
いいんだ、これでイベント的には成功なんだ、と自分に言い聞かせても、やっぱりなんか納得いかないっ。












