自分が筆を折った訳.1。

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さて、CG制作を中心とした私のイラストレータ生活は、10年ほど続いた。

その後、ナオ太郎(仮名)ができ、レギュラーの仕事しかせず、4年ほどは子育てに専念。
3歳になったナオ太郎(仮名)を保育園に入れて、社会復帰した時の自分は、まさに浦島太郎だった。

売り込みに行って、愕然とする事実。
イラストの仕事が、ないのだ。

雑誌の売上げは低迷し、イメージ画像のほとんどに、レンタルフォトが使われている。
自分もレンタルフォトにCGを大量に入れておいたので、休職中も仕事をせずにも、そのコたちが稼いでくれていた。
しかし、その売上げも年々減少。

不況とかデフレとか、いろいろ要因はあったろうが、大きな原因は、インターネットの普及と、性能がよくなったMacとクリエータ系のソフトのせい。

20代の後半で、私を変えてくれたMacは、その後見事に万人をクリエータにしたてあげた。

ほんの少しの絵心があれば、誰でも簡単にCGが作れて、発表し、お金を稼げる時代。

20年前Macのお陰で仕事を手にいれた自分は、10年後、Macのせいで仕事を失いつつあった。

でも、当然、そこで恨み言を言っても仕方ない。

技術の革新は一度始まったらセーブがつかないし、むしろ無能だった私に、1回の成功体験を与えてくれたジョブズを恨む気にはさらさらなれない。

彼は今でも私の一番の恩人だし、彼が作った製品を使える時代を、自分は愛していたのだ。

昭和で生まれた私は、「女は慎ましく生きろ」と教えられて育った。
それが、Mac1台の戦闘機で、使えない男たちの上をいくのは痛快だった。
もちろん「女だからってナメるなよ」のセリフは、心のうちでしか言ったことはないけれどね(笑)。

しかしその当時、自分が仕事について悩んでいたことは確か、だ。

迷走した先の答えは、CGが売れなくなったから、『手描きのイラストでもう一回やっていこう』。

手描きなら、その技術を習得するために、数年は必要だからハードルが高く、新参者はなかなか飛び越えられない。
時代だなんだといっても、本物になってしまえば生き残られる。
需要は少なくても、勝負できるのは、ここしかない、と思ったのだ。

うん、今にして思えば、あさはかこの上ない理論。
でもとにかく、ナオ太郎を寝かしつけては、絵の具を使って絵を描きはじめたのだ。

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M氏から連絡が入ったのは、そんなころ。

「自分の似顔絵を入れた名刺を作って欲しい」とのオーダー。

以前からM氏の知り合いに、似顔絵を描いていたので、今回も軽く引き受けることにした。

ところがいつもならメールか電話でさくさくっと打ち合わせがすむというのに、その時のM氏は「会ってこちらの要望を伝えたい」。

なにこの、気の入り方?
それでもその頃、自分は大いに仕事に困っていたので、のこのこと銀座まで打ち合わせに出向いていった。

するとM氏、いつも以上に自信満々の顔でこう言い放った。

「今回の私の似顔絵は、スティーブ・ジョブズ風でお願いします」

「は?」
一瞬意味が分からない、私。

だって、ジョブズはジョブズだ。ジョブズ風ってなに、一体? ジョブズ風味? ジョブズ味?

「もしかして……ジョブズの伝記の表紙風に絵を描けという意味ですか?」

スティーブ・ジョブズ I

すると、気取ったようにコクリと首を立てに振るM氏。

しかも信じられないことに、彼は悪びれずにこう言った。
「けっこう似ていると思うのですよね」

は? は? は?

あのですね……。言うまでもなく、ジョブズって全世界を変えた偉人なんですよ。時代が時代なら、間違いなく『マンガはじめて物語』に取りあげられちゃうような人なのですよ!

あなた何度も何度もフェイスブックで、『名言』回して、ネズミ購みたいな情報商材屋の手先になっていましたよね? なにそのコンサルのくせにITリテラシーの低さ。

あなたのように、無責任で小デブで糸楊枝で目隠しできるようなおっさんとジョブズとは、180度違う。
いやいや、きっと染色体の数だって、違うでしょーーーーっ!

心の中で全力で叫ぶ私。
それでもM氏はまるで、イタコからお告げを受けたかのように、堂々と我こそは和製ジョブズ、と胸を貼る。

仕事なんだ、落ち着け、ナオミ。なんとか彼に思いとどませろ。こんな仕事受けるのも屈辱的だし、ましてやM氏をジョブズに似せて描くなど、成功は絶対にない。

「あ、あの……。確かMさんってMacユーザーじゃないですよね? iPhoneすら使っていない……」と、やんわり、
『てめーがジョブズである訳ねーだろ!』と伝えようとする私。

しかしM氏はまったくヘコたれない。
「Macは今度買います」

いやいや、今まで散々M氏のことをディすってきたけど、今回は私が仕事に困っていることを知って、半ば気を使ってオーダーしてきたに違いない。
うまく言えば、M氏はきっと思いとどまってくれる。

急いで、ポートフォリオをめくる私。
「名刺っていうのは、対面で渡すものなので、似ていないと気まずいです。こんな風に、しっかり描きおこさないで、イメージだけで仕上げたらどうでしょうか?」

線だけで描いた絵を見せて、なんとかこの悪夢から逃れようとする、私。

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しかし、M氏はこれっぽちも譲らない。私のためにというのは全くの誤解で、ただ単に、肥大した自己愛を見せつける。ナ、ナルシストの極み!

言うに事欠いて、少しも怯まず、

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「死、死んでくれ……。
頼む、一回、死んで自分がなにものか把握してくれ……」そう強く願いながら、私の意識はゆら〜と遠くなっていった……。

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(つづく)

「自分が筆を折った訳.1。」への8件のフィードバック

  1. 嫁さんと二人で 大爆笑! しかしいったい何がM氏を こうさせたのでしょうか?
    叶うなら 一度で良いから ライブで見たいです ナオミ姐さんとのカラミを・・・・(^^)

    1. 今、最終章、書き終わりました。

      応援ありがとうございました。心強かったです。お嫁さんにもよろしくw

  2. ピカソ風とかシャガール風とか、画家の名前なら分かりますが・・・まるで「僕の似顔絵をキムタク風で」って言うようなもんですね。
    髪の毛だけ似せれば良かったのではないですか?

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